記憶のひとり言。

また御巣鷹の季節が巡ってきた。

33年前の8月12日、、日本航空123便御巣鷹山に墜落、乗員乗客520名の命が亡くなった。その飛行機に母の大切な人が乗っていました。


その日の事は鮮明に覚えていて、

私たち家族は那須千本松牧場の帰り道。

車の窓から空を見上げると空が真っ赤に染まっていて、すごい空だねーなど話していたっけ。

後から、その時刻に123便が墜落していたと知ったのだけど…。


親戚の伯母を送り届ける為、川崎の母の実家に。

ただいまーと声をかけた途端、中から留守番の子が飛び出してきて「〇〇さんであの人だよね」と。「そうだよ、なんで?」と母。

「飛行機が消息不明で、搭乗者名簿に名前があるの!」と。

それからはテレビの前から動けない。

情報が入ってこない。

きっと大丈夫、大丈夫と願う。

朝方に映し出された映像に絶句。


覚えてるのは母の横顔。

気丈に、穏やか。



かなりの時が経ったある日

私はずっと気になっていたことを聞いてみた。

あの時、泣かなかったの?と。

母。泣いたよと…。みんなの前では泣けなかったと。。

大人になって、悲しくても人前で泣けないこと

を知ったとき、母の気持ちが理解できたのだけど、その頃の私には解らなかった。


今の私だったらもう少し、母の悲しみに寄り添えたかなと思うけどもう会えないひと。

9月10日に亡くなった意味はあるのかな。


空の上で大切な人と再開できたかな。。

もう意地を張っちゃダメよ。


祈りを…。大好きだよ。